2026/01/09 20:57
不安が出ると、人は何かを変えたくなる。
これは、私自身も何度も通ってきた感覚だ。
考え方を変えたほうがいいんじゃないか。
やり方が間違っているんじゃないか。
そもそも、この生き方で合っているのか。
不安が強いほど、
人生そのものを組み替えたくなる。
でも、長く人を見てきて、
そして自分自身も揺れながらやってきて、
はっきり言えることがある。
不安が出たからといって、
人生の土台まで壊さなくていい。
不安は、何かが壊れたサインじゃない
不安が出ると、
「これは良くない状態なんじゃないか」
と思ってしまいがちだけれど、
私の実感では、
不安が出ること自体はとても自然だ。
先が見えないとき。
疲れが溜まっているとき。
状況が変わりつつあるとき。
むしろ、何も感じないほうが
不自然な場面も多い。
問題になるのは、
不安が出た瞬間に、
「このままじゃダメだ」
「ちゃんと立て直さなきゃ」
と、生活全体を動かそうとすることだ。
不安のたびに、人は土台を揺らしてしまう
これは、何度も目にしてきた流れでもある。
不安が出る
↓
理由を考え始める
↓
原因を探す
↓
自分を見直す
↓
何かを変えようとする
一見、真面目で前向きに見える。
でも実際には、
-
生活のリズムが崩れ
-
お金や人間関係が不安定になり
-
身体の感覚が抜けていく
不安より先に、
足場のほうが崩れてしまう。
人生には、動かさなくていい部分がある
人生には、
目立たないけれど支えになっている部分がある。
起きる。
食べる。
身の回りを整える。
外に出る。
休む。
派手さはない。
評価もされない。
でも、この当たり前の流れが続いている限り、
人は簡単には行き詰まらない。
不安があっても、
この流れが保たれているなら、
人生はまだちゃんと回っている。
これは、経験からの実感だ。
不安が出たとき、私が勧めないこと
-
不安の意味を深掘りすること
-
正解を出そうとすること
-
大きな決断をすること
不安は、
理解しきらなくていい。
多くの場合、
通り過ぎるのを待ったほうが早い。
代わりにやるのは、ごく小さなこと
やることは、驚くほど地味だ。
-
足の裏に体重が乗っているのを感じる
-
椅子や床に身体を預ける
-
呼吸を整えようとしない
そして、
その時間帯に、いつもやっていることを一つだけ続ける。
立派じゃなくていい。
成果もいらない。
「いつも通り」を一つ残す。
それだけで、
不安は勝手に形を変えていく。
何も予定がない日について
何も予定がない日ほど、
不安は出やすい。
そういう日は、
何かを足したくなるけれど、
私の感覚では、
足さないほうがうまくいく。
-
少し丁寧に片づける
-
外の空気を吸う
-
体を休める
-
いつもの時間に眠る
不安がある日に、
特別な対処をしない。
これができる人ほど、
立て直しが早い。
操作しなくていい、という立ち位置
感情や思考に対して、
「どうにかしなきゃ」と思わなくていい。
「今、不安があるな」
それがわかるだけで十分だ。
無理に前向きにならなくていい。
引っ張り上げなくていい。
状態を把握して、日常に戻る。
それができている間、
人生の土台は崩れていない。
人は、壊さなかったことで助かっている
大きな出来事はなくても、
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勢いで辞めなかった
-
全部を白紙にしなかった
-
淡々と日常を続けた
そうやって持ちこたえた人は、
あとから振り返ると、
ちゃんと次の場所に立っている。
人生は、
何かを掴んだから進むより、
壊さなかったから続いていくことのほうが多い。
不安は、追い払わなくていい
不安は、消さなくていい。
なくならなくてもいい。
ただ、
生活の土台を崩さずにやり過ごす。
それだけで、人はちゃんと保たれる。
不安が出ても、
人生の構造は壊さなくていい。
これは、
理屈というより、
私自身が何度も確かめてきた実感だ。
(追記)
不安がある日は、
前に進めなくてもいい。
ただ、
今日を終わらせる。
それだけでいい。
それができたなら、
人生は今日も、
ちゃんと続いている。
今は、言葉と身体を静かに整える個人セッションをしています。
必要なタイミングが来たら、どこかで目に入るようにしておきます。
