2026/04/13 06:56

漆黒と肉体のあいだに、響きを置く

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今朝、目が覚めたときの感覚は、ただ「だるい」だった。

布団の重みがそのまま肉体の重みになっていて、指一本動かすのにも、何かしら正当な理由が欲しくなるような、そんなめんどくささの中にいた。

自分の中を覗けば、そこには漆黒の点がある。

すべてを飲み込み、光さえ逃げられない、温度も感情もない場所。それはただ、私という個人の内側に、厳然たる事実として横たわっている。

その空っぽな一点と、腹を空かせた重たい肉体。相容れない二つの極に引き裂かれたまま、今の私はバラバラに浮かんでいた。

ただ、何かしらの設計図に沿って、自分というものが淡々と動かされているという、逃げ場のない確かさがあるだけだ。

そこに、むだな抵抗は、もう入らない。

それをあきらめと呼ぶなら、それは投げやりな絶望ではなく、自我がフリーズした後の、究極の降参なのだと思う。

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最近、朝晩に祝詞をあげている。

漆黒の点と、重たい肉体。その断絶の隙間に、音が響いていく。

すると不思議なことに、あんなにバラバラだった二つの極のあいだに、心地よい余白が生まれることに気がついた。その隙間を流れるのは、私の意志ではコントロールできない、静かな脈動だ。

私が頑張って何かを起こさなくても、空洞であれば、響きは勝手に通り抜けていく。

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石を扱うことも、肉体を持つ私たちが立ち戻るための支点を築くことも、今ではもう、誰かを救うといった個人的なドラマを超えた、ある種の精緻な配置のように感じている。

不純物のない静止状態を、物質や言葉という形にして、必要な場所にそっと置いていく。

それは、やりがいや納得という動機を必要としない。設計図に組み込まれた、極めて精密な、静かな仕事だ。

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胸のあたりが、なんだかチクチクと痛む。

痛みも、だるさも、空腹も、等しくそこに在る。

けれど、響きがその隙間を通り抜けるとき、そのすべてが大きな流れの一部として、ただ在ることを許されているような気がする。

「肉体が必要としている。だから、動く」

それは突き放した言葉ではなくて、この不条理な生を丸ごと引き受けるための、私なりの誠実さだ。

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漆黒の空洞を抱えたまま、重たい肉体に朝飯を食わせ、響きとともに今日という一日を始める。

自我は止まったままでも、その奥では静かな脈動が、次の一手を動かしていく。

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Seed House 京都 シンジ



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